昭和名作館

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「火の鳥 鳳凰編」~~二人の男の錯綜する運命

火の鳥 鳳凰編
1986(昭和61)年/東宝
監督:りんたろう
主題歌:「火の鳥」渡辺典子


手塚治虫原作の漫画『火の鳥』鳳凰編のアニメ映画。
奈良時代を舞台に、盗賊と腕利きの彫物師、二人の運命が交錯します。


鳳凰を探し求めて旅をしていた彫物師の茜丸は、旅の途中で出会った片目片腕の男・我王に利き腕の右腕を斬りつけられる。
我王は盗賊団を率いて強奪を繰り返していたが、速魚という名の美しい女と出会い、彼女を強引に妻にする。あるとき、速魚が自分を殺そうとしていると思い込んだ我王は速魚を斬るが、彼女の体はたちまち消えて、てんとう虫に姿を変える。速魚の正体は、かつて我王が助けたてんとう虫だったのだ。
茜丸は大仏建立のために都へと連れていかれる。大仏が完成すると、茜丸は帝に献上する彫り物作りを乞食僧と競うことになる。乞食僧の正体は、かつての姿とはすっかり変わり果てた我王だった…。


この映画は、子どもの頃に観てトラウマになった作品であります。
腕を失った我王がヨタヨタと歩く後姿は忘れようにも忘れられず、10年経っても20年経っても、あのシーンがずーっと頭の片隅に強烈にこびりついておりました。
渡辺典子が歌う主題歌も、妙に印象に残っています。

子どもの頃はただ怖かったという記憶しかなかったのですが、今観るとなんとも美しい作品です。

悪事を繰り返してきた我王は、速魚を殺めてしまった後、心を入れ替えて僧となります。
一方、鳳凰を追う善人・茜丸は、都で大仏建立に関わるようになってからその考えも徐々に変わってしまい、地位と名誉を手に入れたいという欲に駆られるようになります。

この二人を巡る物語は、まさしく因果応報…どちらも悪い報いを受けます。
鳳凰を探し求めていた茜丸は鳳凰に愛されず、一方の我王は鳳凰と繋がりお告げを受ける…というのも、なんと皮肉なことでしょう。

執着・因果応報・輪廻転生…と、非常に仏教色の濃い作品となっております。

茜丸と我王、この二人のどちらに魅力を感じるかは人によって様々だと思いますが、私は我王の方により魅力を感じますね。
まるで憎しみの塊のようだった人間が改心するというのは正しく苦行でしかないでしょう。別に悪人でなくとも、普通の人間でも大人になってから思考を変えるというのは並大抵の作業ではありません。二十年、三十年も生きれば、それがどれほど大変なことかわかりますから。人間というのは傲慢な生き物ですから、そもそも自分の悪しき部分に気付くことすらできないかもしれません。過ぎた時間は戻りませんが、ちゃんと内省できる賢さを持っているというのは素晴らしいことだと思いますし、克服できる強さは尊敬に値します。
茜丸の慢心も、戒めとして自分の心にしっかりと刻んでおきたいところです。

てんとう虫を見つめる我王の温かく優しい眼差しは、正しく血が通っている人間のものであり、ラストの美しい画には思わず涙がこぼれました。